エイプリルフールのこと

 エイプリルフールが嫌いだ。……と言うと、流行り物やお祭り騒ぎには取り敢えずケチをつけるひねくれ者のおじさん、おばさんが書く新聞の読者投稿欄みたいに聞こえるかもしれないけれど、別に「猫も杓子もエイプリルフールと悪ふざけを持て囃すのはいかがなものか」とか、そういうことが言いたいわけじゃない。むしろ私は悪ノリとか馬鹿みたいな冗談とかは好き、いや大好きな方だし、ニコニコ動画で「才能の無駄遣い」とか「努力の方向音痴」とかコメントがつくような動画をたくさん観ていた時期もあった。プレイしているソシャゲは今年もこぞって楽しい企画を用意してくれたし、思い切りそれらにあやかっているので、寧ろ世間的に見たら「エイプリルフールが好きな人」だと思う。実際、エイプリルフールは好きだったのだ。去年までは。

 去年の末ごろ、たしかクリスマスが過ぎた頃合いだったと思う。会社の偉い人から「来年のエイプリルフールの企画を作って欲しい」という通達があった。もちろん名指しで私が抜擢されたわけではなく、チーム全員へのお触れのようなものだった。

 が、それが、なぜか私の担当になってしまった。

 明確に「夜子さんが中心となって動いてください」と言われたわけではない。上司に相談されて(多分チームの中で一番若いからとか、SNSに親しんでいるからとか、そういう理由だと思う)、そのまま、じゃあ企画書お願いね、という流れになってしまったのだ。多分、世の中の会社ではよくあることだと思うのだけれど。

 常日頃の私なら、その手の仕事は喜んで引き受けたと思う。1日限りの冗談のためにお金を動かしていいのだ。自分の考えた冗談を実現させるためだけに、堂々と人の手を借りていいのだ。しかもそれがウケたら褒められるのだ。最高じゃないか。

 ただ、その時私は既に、精神的にも体力的にもかなり疲れていた。日頃の仕事をなんとかこなすので精一杯だったし、それにしたって、明らかに以前より能率が落ちていることが、ひしひしと身にしみて感じられていた。でも、断れなかった。

 他に誰もやる人がいないから。少なくとも、当時の私はそう思っていた。後から振り返れば、年が明けて休みがちになり、遂には休職した私の代わりに職場の人たちが全ての仕事を引き継いでくれたのだから、「私がやらないとやる人がいない」なんていうのは全くの嘘なのだけれど、とにかく私はそう信じていたのだ。もしかしたら信じたかったのかもしれない。

 それで企画に着手した。身バレが怖いので詳細は伏せるけれども、かなり様々な制約があった。求められている規模感に対して与えられた準備期間、使用できる素材や手を借りることのできるメンバー。上からも下からも、いろんなことを言われた。それでもなんとか企画書を完成させたけれども、提出したそれは、「なんか違う」と言われたり、「もっとド派手にやってほしい」と注文がついたり、最初は無かった条件を上乗せされて突き返された(少なくとも、私にはそう見えた)。

 これ以上職場の不満をぐちぐちと書き連ねるつもりはないのだけれど(人の愚痴なんて、誰だって好きこのんで沢山聞きたいとは思わないだろう)、そういうことを繰り返すうちに、その他の仕事のストレスも相俟って疲れ切ってしまったのだ。他にもいろいろ理由はあったのだけれど、私が休職まで至った理由のひとつに、確実に「エイプリルフール」は絡んでくると思っている。

 昨今、エイプリルフールはきっと、BtoCの多くの企業にとって大イベントだ。今年も面白い企画がたくさんあった。私が途中でいなくなったせいで誰かが引き継ぐ羽目になったエイプリルフール企画も、ささやかながらきちんと世に出ていた。そういうものを見つつ、どうしてもその裏側で、年々厳しくなっていく制約に喘ぎながら企画を作らされている誰かのことを考えてしまう。スタッフが本当に楽しんでいるのならいい。やりたい人たちがやりたいことをして、余力のある企業がそれにお金をかけて、よかったね、と笑い合えているのならいい。でも、もしも「四月馬鹿」のために毎年胃を痛め、「たった1日のためにこんなに力を入れるなんて馬鹿げてるなあ」と笑いながらリツイートボタンを押して貰う、それだけのために毎日遅くまで泣きながら残業している人がいるとしたら、エイプリルフールなんてせーのでやめてしまった方がいいんじゃないか、と思うのだ。

 日本の同調圧力、という論調では決して語りたくないけれど、最初はユーモアのわかる誰かがプラスアルファで初めたことが、いつの間にか義務になって、みんなを苦しめる悪しき習慣になってしまう、みたいなことは、これ以上あってほしくない。そういうのは年賀状とか、お中元お歳暮だけで十分だ。

 そんなことを考えながら、FGOのエイプリルフール企画で配信されたFate/GrandOrder Questをプレイしている。とても手が込んでいて凝っている。面白い。……どうか、これに関わった全ての開発・広報スタッフが楽しんで作ってくれていますように。